ハクメイとミコチの同人〜赤い宝石
「うーん、計算を間違ったかしら」
ミコチが外の厨房で漬け樽を見て首をかしげている。ハクメイがのぞいている。
「材料が足りないのか?」
「酒粕が足りないわ、ひと樽。あと焼酎がひと瓶」
「マキナタまで行って買ってくるか?」
「ひとりで運ぶには重すぎない?貨車を頼むほどじゃないし…」
楠の前の道を、ハナムグリの貨車が歩いていく。乗っている人が二人に声をかけた。
「すいません、何か甘い蜜はありませんか?彼がバテちゃって…」
乗っていた男は赤い髪はメジェと名乗った。
ミ「行商の途中ですか?」
メ「はい、ハルハンから来ました。アラビまで船で。マキナタは初めてなんです」
ハ「ずばり宝石商だな?」
メ「な、なんで分かるんです?」
ハ「貨車にかかってる荷重やハナムグリの大きさの割に荷物が少ない。石のような重い物を運んでいるからだ。」
メ「なるほど…」
ハ「アラビから来るなら、綿花なんかと一緒に運ぶのがいいぞ。あと、ひとりで危なくないのか?」
メ「随分詳しいですね。まぁ日の高いうちに帰れれば」
ミ「今からだとギリギリね…道に迷わなきゃいいんだけど」
ハ「わたしが案内しようか?ガイドと用心棒にはなるぞ。こう見えても、ヤシロの緑尾老のキャラバンにいたことがある」
メ「ほう、あの緑尾老の」
ミ「いた、だけでしょ」
メ「…何か魂胆がありそうですが…」
ハ「帰りに酒粕と焼酎の樽を載せて運んでくれるなら」
メ「なるほど」
ハ「あと、宝石見たい!」
ミ「わたしも!」
メ「えぇ…お二人にお売りできるようなものは…」
ミ「貧乏人には無理ってこと?」
メ「いや、そういうことではなく…」
メジェはカバンのひとつを開けてみた。
メ「わたしが扱ってるのは、原石なんです。マキナタは火山地帯で、いい研磨土や温泉が産出するので、宝石加工業の方が進出してきているのです」
ハクメイとミコチは、珍しい光を秘めた宝石の原石を眺めた。
ミ「すごい、原石のままでも良いものだってわかるわ」
メ「今回は付き合いの長いの四件の業者に届けます。場所は…」
ハ「マキナタの街中も案内できるぞ。」
メ「…お願いします、ハクメイさん。あなたは信用できそうだ」
ミコチはハクメイに耳打ちした。
ミ「随分と乗り気ねぇ」
ハ「そうか?」
ミ「ひょっとして、好みのタイプ?」
ハ「…なんで分かるんだ?」
ミ「伊達に一緒に住んでないわよ」
ハ「はは…あと、焼酎飲んだの、わたしだ」
ハクメイとメジェは、ハナムグリの貨車でマキナタの街へ向かう。
メ「恥ずかしい話ですが、私は行商隊では本当の若造で、ひとりで配達に来るのも今回が初めてなのです。」
ハ「隊長さんに期待されてるんだな」
メ「父…いえ隊長はもう本当に凄い人で…ハルハンで目の出ない腕のいい職人を各地に移住させて宝石商を商わせているのです。隊長は、いったん人を信用したらとことん信用しろと。騙されたら、目が磨かれたと思えと言ってました」
ハ「ずっと旅暮らしなのか?」
メ「はい、生まれたときから」
ハ「わたしもだ。マキナタに住むまでは」
メ「もうずっとマキナタに?」
ハ「どうだろうな。どっか行きたいような気もするし、ずっとここにいたいような気もする」
メ「なるほど、わかります。旅をしてると、どこか、どこまでも行けてしまいそうで。」
ハ「そうそう、どこへじゃなくて、どこまでも行ってしまいたくなるんだ」
メ「このまま一緒にどっか行っちゃいますか?」
ハ「いいな…いまの生活が気に入ってるのに、どこかそういう気持ちがあるんだ」
メ「すごく、わかりますよ」
ハクメイとメジェはマキナタの街に着いて順調に原石を届けていった。どこも、長い付き合いのある加工場ばかりだ。
ところが最後の店で。
メ「困ったことになりました」
ハ「どうした?」
メ「梅野宝石加工店の主人が留守で。向かいのお店の人によればしばらく前から姿が見えないそうです」
ハ「どうするんだ?」
メ「うーん…とりあえず、もう少し近所の人に聞いてみましょうか」
ハクメイとメジェは、貨車で移動しながら近くの商店や宝石商に話を聞きまわった。主人の行方は分からなかった。
ハ「なぁメジェ」
メ「なんです?」
ハ「つけられてるぞ」
メ「気づいてましたか」
ハ「どうする?」
メ「梅野のご主人は、父の先代から付き合いのある大切な仲間です。ハクメイさん、ひとつ腕を見込んで仕事をお願いできないでしょうか?」
ハ「いいぞ。面白そうだ」
ハクメイとメジェは蜂蜜館の酒場で飲んでいる。
メ「初めてひとりでの仕事を任されたというのに、いきなり売れ残ってしまうとは…」
ハ「まぁ、元気だせ」
メ「ハクメイさん、この辺りで宝石の原石を買ってくれる方をご存知ないですか?」
ハ「館守のヒガキか古参の連中に聞いてみるか?」
酒場にツムジマルと古参の数人が入ってきた。
ハ「よう、ツムジマル、ちょうどよかった」
ツ「よう、ハクメイか」
ハ「相談があるんだが…」
ハクメイがツムジマルと話しているあいだ、ひとりで飲むメジェ。そこに三人の男があらわれた。
男のひとりはジルと名乗った。
ジ「お話が耳に入ってしまったのですが…」
メ「なんでしょう?」
ジ「宝石が売れなくてお困りだとか。私も宝石加工業をしておりまして、よろしければ取引させてもらえませんか?」
ジルはそう言うと、手付金を机に置いた。
ジ「これはほんの手付金で、あとは商品を見てから」
メジェは、カバンからひとつの原石を取り出し、机の上に置いた。
ジ「これは?」
メ「わたしは、相応の腕を持った職人にしか、うちの原石を卸すつもりはありません。これは手付金に相当する分です。この原石を明日までにわたしが満足する程度に加工できていたら、残りの原石を相場の1割引でお売りしましょう」
ジ「なるほど…では明日ここで」
ハクメイとメジェは酒場を去った。
二人は貨車でマキナタの街を離れた。
楠の家までは、まだ距離がある。
途中、沼地の辺りを抜けると、草原の際に林がある。
草むらの中にぽつりと灯が見えた。
メ「さっきは明日と言わなかったかね」
ジ「気が変わってな。相場の1割引たぁ虫が良すぎるぜ。せめて5割引きだろう?」
メ「なるほど、では3割引きでどうかね」
ジ「10割でもいいんだぜ」
三人はそれぞれナイフや小刀などの業物を出してきた。
メ「ハクメイさん、やれますか?」
ハ「大丈夫。ナタは持ってる」
ハクメイとメジェは背中を合わせて貨車を背にした。ジルら三人は二人を取り囲むように立っている。
ツ「面白そうなことをしてるじゃねぇか」
ジルが振り返ると、周囲が取り囲まれていた。
ハ「ツムジマル。5、6人でいいって言ったのにみんなで来たのか?」
ツ「ばかやろう、こんな面白そうなこと、来ねえやついるわけねぇだろ」
ツムジマルはジルを見た。
ツ「最近蜂蜜館の宿屋にキザないけすかねぇ野郎がたむろしてると思ってたが、案の定ロクでもねえ連中だな」
ハ「ツムジマル、梅野商店の店主はたぶんこいつらに捕まってる。生かしておいてくれよ」
ツ「オッケー、しゃべれる程度に、な」
ツムジマルと古参連中は、ジルら三人を吊るし上げて凱旋した。
梅野の店主は、ジルのいた宿屋に閉じ込められていた。
メ「ハクメイさん。危険な目にも合わせてしまって、本当に申し訳なかった。」
ハ「いいさ、こういうのは慣れてる」
メ「ハクメイさんは本当に頼もしい」
ハ「照れるな」
メ「父が言っていました。信用のできる人間にはたくさん出会えるだろう。だが信頼のできる人間にはなかなか出会えないと。ハクメイさん。私はあなたに心底惚れてしまいました」
ハ「え…」
メ「私と一緒に来てもらえませんか?」
ハ「一緒に?」
ハクメイの頭に、まだ見ぬ世界のあちこちの風景が浮かんできた。海や山や森、そして見知らぬ街。そして、横にいるのは…
ハ「…そうもいかないよ」
ハクメイはうつむいた。
メ「そういうと思っていました。でもこれだけは贈らせてください」
メジェはそう言うと、ハクメイに指輪を見せた。
メ「ハルハンで、愛する人に贈るという幸福の指輪です。」
ハ「え…ええ?」
メ「これをぜひ、あなたから奥様のミコチさんに」
ハ「…は?」
メ「また寄らせてください。取引が終わったあとは速やかに帰るに限ります。このまま夜の闇に紛れてアラビまで戻ります。ごきげんよう。あ、貨車は差し上げます。皆さんへのお礼は…」
ツ「大丈夫だ、こいつらからふんだくるぜ」
メ「つけといてください。ではまた!」
ハクメイは楠の家に帰った。ミコチに指輪を渡す。
ミ「これを私に?いいの?」
ハ「ああ…」
ミ「…ハクメイの分はないの?」
ハ「ミコチ〜、ちょっとなぐさめて」
ミ「はあ?」